五感ヒーリング「桶狭間古戦場」

TAKAです。

桶狭間古戦場に行ってきました。

なんかお城の跡地行ってから戦国時代関係
スポットに行くことが多くなってきました。

元々、小学校4年の時に自由研究のテーマ
にしたぐらいなのでこういう歴史ものは好き
なんですよ。

アクセルはgoogleマップで桶狭間古戦場と
入力すればでてきます。

駐車場はありません。

住宅街のど真ん中なので困ります。

すぐ目の前がカーマホームセンターなので
そこに駐車します。
(悪いなと思う人は何か買い物しましょう)

前回突撃した足助城や飯盛山とかは、
まぁまぁ歩くんですがここは拍子抜けしましたね。

今川義元最後の地を普通の公園にしただけ
という感じで散策路とかがあるわけではありません。

桶狭間古戦場 心霊スポット

普通の公園です。

心霊スポットとしても有名みたい
ですが、これだけ住宅が密集していると怖くもなんともありません。

 

桶狭間古戦場 田楽坪おけはざま山は今川義元の本陣が置かれこの公園の場所「田楽坪」は追いつめられた義元最期の地のようです。

この桶狭間の歴史は日本の義務教育を受けている人はみんな学習してくる話ですよね。

桶狭間古戦場 織田信長

当時の今川義元は諸戦の勝利に油断して
いたことを誌にしたものです。

 

スポーツでもなんでも
「勝てば官軍、負ければ賊軍」
で本当に今川義元が油断していたかどうかは
わかりませんが、

2万5千の兵が2千にやられたわけですから
油断していたと言われてもしかたないかもしれません。

桶狭間古戦場 まつり

桶狭間の由来・・・湧き出る水の勢いで水くみ用の桶がくるくる廻っている様子に興味を誘われた旅人が、

 

桶が廻る間のいっぷくとして「桶狭間」と呼ぶようになったとの言い伝えがあるようです。

 

桶狭間古戦場心霊

今川義元の首級を洗ったとされる「泉」

桶狭間古戦場伝説地

馬つなぎの「ねずの木」

着陣した今川義元が田楽坪の泉で水を飲むために馬をつないだ木ということです。

「ねず塚」として残されてきました。

今川義元は輿で移動していたはずなので話のつじつまが合わないと感じるのはオレだけでしょうか・・・

桶狭間古戦場心霊

このねずの木にさわると「ねつ病」
にうなされるという言い伝えがあるようです。

まず触ります。

桶狭間古戦場伝説地

次にハグします。

今のところ平熱です。

桶狭間古戦場心霊

織田信長、オレ、今川義元

ビッグ3が揃いぶみ

 

桶狭間古戦場祭り

10倍以上差のある大軍を打ち負かした歴史的な戦です。

これは、戦略によっては少数精鋭軍が
大軍にも勝てる教訓を残した歴史的事実です。

①天候
②兵の士気
③兵の疲労度
④地形

などいろんな要素が絡んでいるので勝因を
断定はできませんが、

この時はいろんな要素がドンピシャで信長に
味方して勝利をもたらしました。

桶狭間古戦場伝説地
桶狭間古戦場伝説地

信長隊が義元隊への突撃の機を伺ったとされる場所。

攻めたり引いたりしていた信長が、義元の「輿」を見つけたという情報により、すばやく本陣突撃に切り替えたとあります。

そして、それは信長自身が前線にいたからだという
解説がされています。

なんで私が思うに大将の姿勢により、
両軍の士気に差がでてしまっていたとみています。

 

「輿」にのり一段高い位置から指揮をする今川義元

「騎馬」にのり兵と同じ位置で指揮をする織田信長

いや、大将が討ち取られてしまったら終わりで
すから大将が最前線で戦うことが必ずしも美徳
とは思っていませんが、

「輿」に乗ってたら、フットワーク軽く動けないでしょ。

大将は側近に守られた位置にいてもいいと思う
けど少なくとも同じ移動手段で進軍したほうが
兵の立場から考えるとたのもしいでしょう。

「輿」というのは、担ぎ手がいて乗れる乗りもの。
かつがさせているわけです。

一方、信長は先陣きって騎馬にのり、最前線で
士気をとっている。

兵の立場になって考えてみると勇気100倍でしょう。

義元が大将と兵は別という姿勢をだしてしまっている時点
で信長隊と義元隊の士気に差がでてしまっていた
と見ますね。

こういうのは、微妙な心理なので深く語られる
ことはないですが、案外こういうささいなことで
勝敗が決まってしまったとも言えると思います。

実際に「輿」を信長隊にみつけられたことが

「義元の本陣ここにあり」

と悟られる原因となっているわけですから、
義元さんにはもうしわけないですが
「せめて騎馬で進軍しようよ」としか言えないです。

天候で義元隊が混乱状態だったと記されていま
すが、それは信長隊も同じであり、まして戦国
時代にあって天候で本当にそこまで混乱するもの
なのかオレ的には疑問ですね。

だけどピンポイントで本陣に的をしぼって
急襲した信長は少数軍が大軍に勝つコツを
当たり前にやってのけているのはさすがです。

これは、オスのケンカでもよく言われることです。

私が小学校低学年の時に、親父にケンカの必勝法
として、一人がグループに勝つには、

まわりには目もくれずそのグループ
のボスを徹底的にくらいついていわせ

(いわせと言うのは大阪弁でやっつけろの意味)


と教えられましたからね。

桶狭間古戦場心霊
← 左が今川義元、右が織田信長

桶狭間山

桶狭間古戦場伝説地公園のある場所は、今川義元が追い詰められて討ち取られた最期の地でして、

本陣はこのゆるやかな高台にあるおけはざま山ということでした。

(たまたま公園の管理者がいたので聞いたうえで歩いてきました)

 

← ここが実際本陣がしかれていた場所

この家の人えらい迷惑ですね。

「義元さんいますか?っ」

なんて聞かれたりするんでしょうか・・・

桶狭間古戦場伝説地

 

桶狭間古戦場 織田信長

 

今川義元墓

義元さんのお墓

 

拍子抜けするほど早く見学が終わったので
近くの大高緑地の野球場に移動。

きれいな夕焼け空のしたで

買ったばかりの

「官足法 ウォークマット2」

をふみふみしながらたそがれるオレでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)