五感ヒーリング「墨俣一夜城」

TAKAです。

秀吉 墨俣城

墨俣一夜城に突撃です。

アクセスはスマホのgoogleマップで検索かけたら一発です。

墨俣一夜城

近くに駐車場らしきものはありませんでしたが、桜の木が
並んでいる周辺に車を止めて観光している人が多いようです。

桜の時期には桜祭りが開催されるようですね。

墨俣一夜城

入館料は200円で開館は9時、受付は16時30分まで、
閉館は17時です。 おいっ15分しか見れなかった( ఠൠఠ )

豊臣秀吉が出世街道をはしることになったきっかけとなった
お城です。

======== 沿革 =========

戦国時代尾張の織田信長は美濃進出の足場とするため墨俣に砦
を築こうと企て佐久間信盛、柴田勝家等に築城を命じたが相次ぎ
失敗しておおいに怒った。時に木下藤吉郎進んでこれに当たる。

蜂須賀小六等の野武士二三千人を率いて、大小の長屋蔵十練二千間
木柵5万本分、人夫1千人を使いて夜を日に次いで急がせた。

7日ほどにしておおかた城もでき一夜のうちに堀櫓を押したて
塗りたて完成したように見せかけたので攻撃中の井ノ口の齋藤
龍興の城兵8千余騎は驚いて敗走した。

信長はその功を賞し秀吉を城主とした。俗に一夜城という。
秀吉出世の由緒ある城でもある。

======================

秀吉は足軽農民の下級階層からの成り上がりですから、おもしろいですね。

墨俣一夜城 秀吉

生駒屋敷で信長が吉及という女性を好きになり、密かに
あんなことやこんなことをしていたそうです。

おもしろいのは天下人豊臣秀吉も小さなきっかけから
のしあがっていったところですね。

もしも、

「生駒屋敷がなかったら」
「信長が吉及という女性に恋していなかったら」

信長と秀吉の出会いもなかったわけで秀吉は一生足軽農民
のままだったかもしれません。

ほんとに、どんな壮大な歴史でもさかのぼると些細なこと
がきっかけなことが多くわからないものですね。

墨俣城 信長
墨俣城 信長
墨俣城 信長
墨俣城 信長

千載一遇のチャンスを一気に自分のものにした秀吉。
のちほどの水攻めや兵糧攻めなどにも見られるようにアイデアマン
で相当知能が高かったんでしょうね。

念入りに計画を立てて一気に遂行するサマは素晴らしい。

墨俣一夜城

曇りだったのでちょっとわかりにくいと思いますが、遠方に見える
一番高い山の頂上に稲葉山城(岐阜城)があり、美濃攻略のために
ここの斎藤龍興を「ぎゃふん」といわせる必要がありました。

小牧山城もすぐ近くにあり、そこから攻略してもいいんじゃないの?

とオレは思ったんですが、地形や距離などを考えると墨俣の地
に陣をとりたかったんでしょうね。

なるほど、現代の交通事情で考えてしまうと小牧山からの攻略
でいけるかもしれませんが、戦国時代には今のように整備された
橋もないわけで木曽川が邪魔だったのかな???

墨俣一夜城

絶景墨俣とういことで期待していたんですが・・・

キレイはキレイですが絶景か???( ఠൠఠ )

岐阜城からの眺めがあまりによかったからギャップがあるかも 笑。

墨俣一夜城

教科書で読んだりして知ってはいましたが実際に
墨俣城に行ってみると臨場感があって想像力働いて
おもしろかった。

すぐ近くに関ヶ原の合戦で石田三成が陣をひいた
大垣城があるので今度はそこ行ってみようかな。

ちなみに信長と吉及が密かにあんなことやこんなこと
をした館は偶然なんですが、オレが今住んでいる
マンションから5分ぐらいの場所にあります。

今度写真とってくる( ఠൠఠ )

さいなら~


墨俣一夜城

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